クサウオ日記

平成23年11月末〜平成24年2月中旬、山口県長門市の青海島、紫津浦で観察したクサウオの日記です。

紫津浦は日本海の内海で、冬の北西の風からも守られ、寒さを我慢すれば快適にダイビングが出来る有難いスポットです。

クサウオは、通常は深海に生息している魚ですが、この時期、産卵のために私達の潜水領域まで上がってきます。

成魚の大きさは60pくらい、水深20M位で産卵します。

今年の産卵は、3年ぶりで広範囲に渡るものでした。

あくまで主観的、感情的な観察日記でしかありませんが、読んで頂ければ幸いです。
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 2011年  11月26日(土) 水温17.1℃
 

3ヶ月振りにやって来た青海島
なんと、クサウオ8匹がお出迎えしてくれた。
網沿いしか見ていないが、あっちにもこっちにも鎮座している。
過去にも、1ダイブでこんなに見たのは初めてだ。
「大産卵の予感」
「この網、気に入ってくれるかな?」
近年、コウイカに大人気の網である、可能性は充分1匹、1匹みんなの写真を撮った、1匹1匹みんな顔が違うのだ。
「どれもみんなカワイイぞ」

12月8日(木) 水温16.8℃ 
 

前回、大興奮のクサウオ大量出現だが、その後の情報によればコンスタントに見られているものの、沢山見られたのはあの日だけのようだった。
「やっぱあの網、気に入らないのかな〜」
かなり心配になってきた。
そして、今日も1匹だけ居た。
近寄ると面倒くさそうに泳いでいく、時折、ブモッて感じで欠伸をするのだ
「く〜、最高だよなコイツ〜」
どんどんクサウオワールドにのめり込んでいく。
追いかけ回したくなる気分をグッと抑え、
「我慢、我慢、そっと見守らないとね」
後ろ髪引かれながら、その場を後にした。
「頑張って、産卵しておくれ〜」

  12月26日(月) 水温11.7℃
 

潜り納め

クサウオ君、産卵すればいいが、もし産卵しなければ年明けには居なくなってしまう最悪の可能性もある。
「このままお別れは嫌だ、もう一度会いたい」
大雪の次の日だったが、張り切って来てみると、
「あ、居る居る」
一匹だけだが、ちゃんと居た。
そっと近寄ると、ヌーと寄ってくる。
いや、寄って来ると言うよりも威嚇されている、突進してくるのである。
これは、卵を守っている時に見せる行動である。
卵らしきものは全く無い。
「どうしたのだろう」
時折、産卵場所になるであろう網をセッセと掃除しているかのようである。
そして、アンカーの近くにも、もう1匹クサウオがいた。
「うーん、これは期待していいのか?」
大きな期待と大きな不安で年越しすることになった。

 2012年   1月8日(日) 水温13.6℃
 

初潜り

昨日、卵が確認されたとの朗報があった
「やったー、バンザーイ、バンザーイ」
待望のクサウオの産卵である。

そして、今日、さらに別の場所にも産み付けられていた。
ストライプの無い白い個体、しろい君が守っていた、さかんに卵上部の網を掃除しているかのようである。

他にも、網沿いに数匹、近づくと攻撃的である。
どれも産卵のチャンスを待っている様だ。

「いいぞ〜、メス来ないかな〜」
昨日からの卵を守っているのは、右目が見えない片目君である。
  1月9日(月) 13.7℃
 

ほぼ、昨日と変わらない配置である。
初めから卵を守っている片目君の所へ行くと、少し離れた所にクサウオの卵を抱えたヒトデ発見、東京からやってきた佐々木氏と共にヒトデをはがし卵を元に返した。
つもりであったが、何やら色が全然違う
「えっ、この卵はどこにあったのだろう」
暫くすると、小さなオスがやって来た、片目で元気がないと思っていた片目君だが、猛スピードで一撃で追い払ってしまった。
それで興奮したのか、ヒレ全開でウロウロ泳ぎ回っている。と、卵をくわえ始めた、卵をパクパクしているのだ
「えー、卵を食べている」
完全にそう見えたのだが、後日、12日に新しい卵をパクパクしながら固めている光景に出合い納得した。
おそらく、ヒトデから戻した卵がフワフワしていたのを固めていたのだ。
自分の知らない卵を見つけて怒っているのだとしたら、勝手に卵を戻したつもりになって、とんでもないことをしてしまったと思った。
が、そうではなかったようで安心した。
 

午後、2本目さらに驚くべきことがあった、新しい卵がさらに手前の網に産み付けられている。しかも、午前中にそこにいたクサウオとは違う、そう深い所で弱っているかのように見えたボロボロ君である。ボロボロ君は皮膚が大きくはがれているので間違いない。
ひょっとして、ボロボロ君はかなり強いのかもしれない。
ボロボロになったのは、片目君との死闘の末?
私たちが、うどんを食べている間に一体どんなドラマがあったのだろう。
ボロボロ君達のバトル、メスの産卵・・・
「うーん、えらいものを見逃してしまった」
と思ったが、おそらくダイバーが居たら何も起こらなかったかもしれない
こんなチャンスがあるなら、もっと遠くからこっそり様子を伺った方がいいのかもしれない。

  1月12日(木) 水温13.0℃
 

3日ぶりにやってくると、大きくクサウオの配置が変わっていた。
一番手前のボロボロ君の代わりに口元を怪我している個体がいた。
これではよだれが出そうなのでヨダレ君。
そして、少し離れた所にはボロボロ君が力尽き横たわっていた。
数匹のヒトデが貼りついている。
なんとも切ない光景である

さらに、一番立派な卵があった場所には、しろい君ではなく片目君が陣取っていた。
このポジションは堅いと思っていたのでショックである。
「この先、卵保護は大丈夫なのだろうか?一番順調に見えたしろい君はどこへいったのだろう、片目君に負けたのだろうか?」

さらに先に行くと、結果的には片目君が卵保護を放棄したことになる卵の上部に新しい卵と新しいクサウオがいた、このクサウオはこれといった傷が見当たらない、傷無し君である。
そう、このクサウオは、1番手前の網付近で元気よく泳ぎ回っていたが、ボロボロ君に負けたのか、姿が見えなくなっていた個体である。傷は無いが、ヒレの右側に丸いデキモノがあるので間違いない。
相変わらず、傷が無いままだ。もしかして、戦わずに逃げるタイプなのかもしれない。
この傷無し君、まるで卵を食べているかのようにパクパクやっている。
笹川氏の解釈によると

 

 
「あれは、産みたてでフワフワした卵を固めているんだろう」
との説に「なる程」なのであった。
暫くすると卵は安定して網に固定された
近くには、メスらしき個体がうずくまっていた。

そして、またしても昼休憩の間に産卵は行われた。
今度は、片目君の所である、今まであった卵から少し離れた裏側の網に産まれていた。
考えてみれば、午前中の傷無し君の卵、あのフワフワ度からすれば、まさしく今産卵が行われている所に私達が邪魔をしたに違いない。
もう少し、コソっと行けば劇的瞬間に遭遇できたかもしれなかったのだ。

以上、観察の結果、大きな疑問がわいてくる。
「クサウオは他人の卵でも育てるのだろうか」
種全体の存続より、自分の遺伝子を残すためでなければ、オス同士の争いも意味がない。
産卵場面を目撃はしていないのだが、オスが群がって行われ、自分の子である可能性があるのだろうか?
しかし、それよりもより多くの卵を保護することによって、産卵にやってくるメスへアピール出来ると考える方が妥当である。

  1月13日(金) 水温12.8℃
 

昨日と全く変わらない配置である。
しかし、クサウオ君達、今日は何だかまったりしている。
時折、攻撃的になるものの、卵に張り付いて撮影していても知らん顔だったりする。
「はは〜ん、今日は近くにメスが居ないんだ」
勝手に解釈をつけ、納得した。
「定かではない」

 1月17日(火) 水温13.4℃
 
 

5日ぶりやって来た
その間の情報によると、片目君と傷無し君が入れ替わり、新しい卵も少し増えたとのことであったが、ナマコ漁が行われ、びっくりしたクサウオ君は逃げて行ってしまったらしい、
真ん中の卵、傷無し君の事だろうか?
とんでもない事だ
どうなったのか不安な気持ちで様子を見に行くと、一番手前の所にも、二番目の所にもクサウオが居ない、周りにも気配すらない
「やばい、卵がほったらかしだ」
最後の望み、一番奥の卵へ行くと片目君がじっと居座っていた
「良かった〜」

午後、アンカーのところまで行ってみると、すぐそばに死体が転がっていた
シーズンの終焉を告げているかのようである
網の所に行ってみると、片目君がしきりに卵の世話をしている
「がんばれ、片目君」
放置された卵は、心なしか安定をなくしフワフワしてきたように思う
もう、目まで出来ているのに心配この上ない
「がんばれ、子供たち」
クサウオに一喜一憂の日々である。

  1月26日(木) 水温12.0℃
 

前回から、9日振りである。
驚いた事に、10日間も放置された卵はスクスク育ち、今日は孵化を確認できた。
おそらく、8日に産み付けられ、しろい君がお父さんと思われる卵だ。
すでに殻の卵もあったので、予想の20日間より3日位早い。
結果、親がいなくても子供達は育ったのだ。
今まで、親がパタパタと新鮮な水を送っている?外敵を追い払っている?
と思われた行動は、何だったのだろう。
孵化は非常にゆっくりしたペースで、観察には少々忍耐がいる。
ジッとしていると、寒さと減圧のタイムリミットはすぐやってくるので目撃のチャンスは意外と少ない。

唯一残った片目君の所へ行ってみた。
「あれ、右目が治っている」
すごい治癒力があることを知った。
もう片目ではなくなった片目君、何だか妙に元気モリモリ
目の前の網には、何回にも分けて産みつけられた卵塊があちこちに、笹川氏の話によれば、今週また増えたらしい、いまだに産卵は続いている可能性がある。
「ふーん、片目君が元気なはずだ」
ただ、こんなに沢山の卵だが、スクスク育っている割合は以外と少ない、残念ながら無精卵が多いようだった。

 
以上の観察から推測してみる。
これまでは、産卵後は父親が献身的に卵の世話をし、巣立ちを目前に息絶えるといった、少々、涙の物語があった。
しかし、今年の観察結果からすれば、オスは卵保護に熱心なわけでは決してなく、メスへのアピール、息絶えるまで産卵のチャンスを狙っているかのようである。
そう考えれば、孵化の前に死んでしまう事や、卵保護を放棄して別の場所に移動してしまう事を疑問に思う理由が無くなる。

子煩悩で、やさしく大きなお父さんと思っていたのが、老いぼれても精力絶倫の爺さん?
いやいや、死ぬまで生命力溢れる偉大なお父さんなのだ。
実際、片目君の生命力は凄い。そして、その片目君の遺伝子を受け継いでいる子供達が沢山巣立って行くのだろう。なんとなく、辻褄が合っている。
何だか、片目君がかっこいいチャンプに見えてきた。
いちいち、擬人化する必要は無いし、意味も無いのだろうが、これが結構楽しいので止められない。
次回、また卵増えていたら拍手喝采。
「がんばれ、片目君・・・いやいや、がんばれ、チャンプ」
クサウオ観察、楽しみは尽きることがない 

  1月30日(月) 水温12℃




前回のハッチアウトから、4日ぶりである。
昨日、午前中に一斉に孵化したとの情報、立ち会えなかったことは個人的には残念であるが、無事、多くの子供たちが巣立って行った事は朗報である。
今日は、その次の日、少しくらい残っているだろうと思ったが、抜け殻すら無かった。
どうやらヒトデが根こそぎ持って行ったらしい、何の痕跡も残っていない。
「がっくし・・・」
が、落胆して帰る途中、真ん中の裏側に産み付けらていたと思われる卵塊が下に落ちていた。これは、片目君の子供達だ。
「あ、まだ子供が残っている」
スカスカの殻に紛れて、孵化できずに残った赤ちゃんクサウオがいた。
「出て来ないかなぁ」
ジッと待つこと10分。
「動いている、あ、出てきた」
しかし、動きが鈍い、上へ泳いで行こうとするが、力が無いのか沈んでいく。
せっかく孵化したものの、この赤ちゃんが生き残ることは無い。
他にも、孵化していない赤ちゃんがいたが、おそらく全部、ダメだろう。
何とかしたいが、何とも出来ないのが無念だった。

一方、唯一残っている片目君、もう右目には何の傷痕も無い。再生した眼は左目よりもクッキリして見えるぐらいだ。口先に少し傷がある以外は不死鳥のように蘇っている。
ひょっとして、妖怪クサウオかもしれない。
結局、片目君、場所は違うが、自分の子供が巣立っても尚、元気に泳ぎ回っていることになる。今、片目君の居る所には、大量の卵塊が残っているが、無精卵も多い。
妖怪片目君と永遠に孵化しない卵、そして、崩れるクサウオ神話。
「一体、この先、どうなるのだろう」
まだまだ、クサウオから目が離せない。

 2月5日(日)    水温12.0℃
 
 

昨日の時点で、先週、孵化しそうだった卵がまだ残っているとの情報。
「今日こそは、集団孵化の瞬間に立ち会えるかもしれない」
しかし、行ってみると影も形も無く、またしても残念な結果に終わった。

片目君はと言うと、皮膚がかなりザラザラして来た、体も痩せたのか小さく感じる。
やはり徐々に衰えて来ているようだ。当たり前だが、不死身でも妖怪でも無かった。

残った卵は、無精卵の方が多いと思っていたが、まだ成長途中のものも多く、急成長した卵には無数の目があった。
「やった〜、まだまだ赤ちゃんがいっぱい残ってる」
多くの赤ちゃんが旅立って行けば、来年帰ってくる可能性も大きくなる。
そして、孵化の瞬間に立ち会えるチャンスもまだ充分に残っているのだ。
「果たして、片目君はいつまで頑張るのだろうか」
今年のクサウオは、いつまでもこれでもかってほど楽しませてくれる、寒さも忘れる有難〜い存在であった。
いつか居なくなってしまうなんて、今は考えたくない。

  2月10日(金)    水温11.0℃
 


不吉な予感がした。
卵の所へ行ってみると片目君が居ない。辺りを見回すが、どこにも居ない。
「ついに、この日がやってきた・・・」
泣きそうになりながら、ふと卵を見ると
「おお〜〜〜、赤ちゃんがワラワラ出ている〜〜〜」
みんな片目君の子供たちだ。みんなとても元気がいい。
「すごいぞ、片目君の遺伝子が生きている」
ジッと観察していると、笹川氏が死骸があると教えてくれた。
行ってみると、ほぼヒトデに食べられ顔ぐらいしか残っていないクサウオがいた。
死後、3〜4日経っていそうだ。しかし、「これじゃ、誰かわからない」
帰り際に、もう一体、死んでいるクサウオがいた。
こちらは、死後間もないのかヒトデも付いていないキレイなままだった。
が、白けてしまって誰かわからない「見知らぬ死体」だった。

スッキリしない気分で帰って画像を見ていると、顔だけになったクサウオの口先に見憶えのある傷痕を見つけた。
「あ、これは片目君だ」
つまり、前回見た後すぐ死んだのか?次の日位だったのだろうか?推定死亡日は6日。
何の因果か、中村宏治さんとツーショット写真を撮らせてもらったのが片目君の最後の姿だった。


 

 
そして、見知らぬ死体は片目君より長寿だった事になる。
「何と、妖怪片目君の上手がいた?」
笹川氏の予測では、養殖場から流れて来たのではないか?とのこと、網から向こうの養殖場は潜水禁止、とんでもないクサウオパラダイスがあるのかもしれない。

 2月11日(土)     水温11.0℃
 
 

昨日、孵化していた卵塊の下に、もっと大きな卵塊があった。
今日はこちらが一斉に孵化しそうだったので、期待してやってきた。
が、着いた時には、終わった後、ほぼスカスカになっていた。
残念無念、だが多くの赤ちゃんが旅立って行ったのだと思うと一安心、気も晴れる。

昨日、片目君だと確信したクサウオのところへ行くと骨と皮だけになっていた。
こんなにもキレイさっぱり片づけてしまうヒトデは海の掃除屋さんだ、ただ卵は食べないで欲しいものである。
こうして、片目君は海に還って行くのだ。
「片目君、やすらかに眠って下さい。今まで素晴らしいシーンの数々、本当にありがとう」
感動に浸る私であるが、天国から片目君の声が聞こえてきそうだ・・・
「あんたが一番ウザかったよ」

まだ、孵化を待つ卵塊がひとつ残っている。
最後まで見届けたい。

 2月14日(火)    水温12.0℃
 
最後の卵は順調に育っている。
今週中には孵化しそうであるが、立ち会えるだろうか

  2月26日(日)
 後    記

不本意ながら、諸事情により最後の孵化を見届けることは出来なかった。
「クサウオ、とうとう終わっちゃったな〜」
と、沢山の赤ちゃんの画像を整理していると、おおよその形はわかるのだが、口がどうしてもわからない、まだ口は出来ていないのだろうか?
お腹に養分を抱えている間は必要ないのだろう。
この丸い養分が無くなる頃、どこかに着底するに違いない。
この小ささからして、そう遠くへは行けない筈だ。
「そうだ、赤ちゃんクサウオはまだ近くにいる」
探さなければ・・・
淋しがっている場合ではない、まだ課題は残っている。
少し成長した赤ちゃんクサウオ、想像しただけで可愛くてたまらない。
出来ることなら、1匹持って帰って片目君のように強い成魚になるまで見届けたいくらいである。
「赤ちゃんクサウオ〜、どこに居るんだ〜〜?」
「よし、明日探しに行こう」
時、既に遅しだ。最後の孵化から10日も経っている。
しかも、どこを探せばいいかさっぱりわからない。

いつの日か、日記の続きが書ける事を信じて、とりあえず、今回のクサウオ日記は終了する。